ひとりごと

息子への追憶。

にこらん

今の孫たちと同年代の頃の息子に、想いを寄せてみました。

お姉ちゃん2人とは歳が離れています。お姉ちゃん1人は高校卒業したばかりで、もう1人のお姉ちゃんは高校3年生の頃です。4年5年と少し前後した記憶かも知れません。

仕事に出ているわたしと、お姉ちゃんたちが帰るまでは息子はいつも1人で留守番です。

娘2人もですが、小学生の頃から鍵っ子でした。学童保育は嫌だと、3人共1人での留守番を選んだのです。

たとえ本人達が留守番を選んだとしても、誰もいない家に帰って来るのは寂しいに決まってます。

わたしの仕事中には電話をしてくるような子では無いのですが、その時は泣いて電話をしてきました。

何かにつまづいたようで、足の爪が剥がれたと言うのです。慌てて家に帰って病院へ連れて行きました。

指から大量の血が出るのを1人で耐えていて、わたしが帰るまで本当に心細く怖かっただろうなぁと想像するだけで可哀想で、心からごめんねって謝ったのを覚えています。

これは本当に大変な出来事でしたが、お陰様でその後は何事も無く健康に育ってくれました。

ピカチューの絵を描くのが好きで、

漫画誌の様に枠を引いて物語を作っていました。1つのことに夢中になり、集中出来る性格だったように思います。

ゲームも好きで、将来は任天堂に就職したいという夢を持っていました。「任天堂の仕事は忙しいから家にはあまり帰れないんやって、でも僕は任天堂に入りたい。」と言っていました。

その夢は、小学生の時だけだったように思います。

そしてこの頃から、パソコンに向かう時間が多くなりました。

パパのお古のパソコンを貰って、誰も教えてないのに自分のホームページを制作し、そこに来てくれる人達をとても大切にしていました。

たまに家族で外食してる時も、自分は管理人だからホームページに来てくれる人からの信用を無くすのが嫌なので、19時には家に帰りたいと言っていたのを思い出します。

小学生の時からパソコンを触っていた事もあって、中学生の時に日本語ワープロ検定試験第1級に合格しました。

またこの頃、お姉ちゃんが原因不明の高熱が出る病気になりました。

体温が40度になることが多く、いくつもの病院を駆けずり周りましたが原因が分からないまま。最後は、大学病院へ紹介状を持って行くことになったのです。

そこでも結果は最後まで原因が分からないまま。自然に熱が出なくなり、退院することになりました。

約6ヶ月間の入院生活でした。

その間わたしは、お姉ちゃんの病院に毎日通っています。家族が病院で付き添える最後の19時までは、いつもお姉ちゃんの隣にいました。家に帰るのは20時半過ぎになります。

その間息子は1人、もしくは下のお姉ちゃんと2人で待っていてくれたのです。

「相当寂しかったのでは?」

大人になった息子に聞いてみたことがあります。

そうやったなぁでも平気やったよ。やりたいことがあったからかなぁ。」

って頼もしい返事がありました。

やりたい事とは多分、パソコン上での何かに夢中だったのでしょう!

パソコンさんありがとう(笑)

今は、得意なパソコンの技術を活かせる仕事についています。

あっそうそう、これは書かなくてはいけません!

たしか小学3年生か4年生の時だったと思います。

息子は「あっ忘れてたぁ」と言って急に家から飛び出して行きました。

帰ってきた息子は、数本のカーネーションを手に持っていて「はい!」と言って、わたしにプレゼントしてくれました。

その日は母の日だったのです。

この日の感動は、不思議に今でもはっきり覚えています。

一生忘れられないものになりました。

昔から自分を持った一本芯の通った男の子でした。

逞ましく育ってくれたことは感謝しかありません。

本当にありがとう!

ABOUT ME
にこらん
初めまして、にこらんです。 2021年2月3日、ブログを立ち上げる事が出来ました。 慣れない手探りの作業になりますが、コツコツ頑張りたいと思います。 どうぞよろしくお願いします♪
にこらんBlog

最後までお読みいただきまして、ありがとうございます!

にほんブログ村 病気ブログ 乳がんサバイバーへ

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。