ポエム

トンネルの向こうに、明かりが見えた。

にこらん

家族5人になっての新しいスタートです♪

こんにちは にこらんです。

離婚してから生計を立てるために

私は事務員として仕事をしていました。

職場は、昭和の時代をまだ引きずった

アットホームな社内の雰囲気でした。

バブル期ということもあってか

福利厚生に力を入れていて

しょっちゅう色々な会を開いて

仕事よりそちらの段取りをお手伝いする機会が多かった記憶があります。

食事会は勿論、ボーリング大会や誕生日会 BBQ 慰安旅行、忘年会、

新年会には温泉付きの大広間で行ったりです。

遊びの会には子供たちも連れて行って

みんなに可愛がって貰って楽しく過ごさせて頂きました。

そんな職場に今の主人が、営業の期待のホープ?として入社して来ました。

当時26才でした。

その会社では自家用車を停める駐車場が歩いて10分位離れた場所にあったので

事務の仕事が終わると営業の人や総務の人の誰かが
離れた駐車場まで、ビルの下に停めてある会社の車で送ってくれます。

結構な確率で新入社員(主人)が私を送ってくれる機会があり、車の中でよく話をしました。

「子供さんたち、何処か遊びに連れて行ってあげてますか?」なんて聞かれて

「方向音痴なので遠出はなかなか出来ないけど」と答えたのを今でも覚えてます。

それからしばらくして

子供たちと私を食事に誘ってくれて

滑り台などの遊び場の付いたレストランに行きました。

子供たちは食事よりも遊び場にとても喜んでいて楽しそうでした。
他にも今まで行けなかったところや、はじめての体験を子供たちに与えてくれました。

家でくつろいでいるある日

公衆電話から私に電話をかけて来て

「話があります」というので

職場での悩みか何かかな?と思って

家に来てもらいました。結果深刻な話では無かったのですが。。。

子供たちも、おじちゃんと慣れていたので問題なしです。

その日を機会に自然に家に遊びに来てくれるようになって

いつの間にか子供たちもすっかり懐いていました。

そんなある日

長女が「おっ…パパ」と言い出して、おじちゃんからパパと呼ぶようになりました。

そして、子供たちを一生懸命1人で育てている私とずっと一緒にいたいと言ってくれました。

6歳年下で初婚の青年

それこそ若いツバメです。

私はバツイチ 子供が2人

6歳年上

再婚するなんて考えてはいませんでした。

主人は20歳の時に実家の商売が上手くいってなくて、お父さんから1千万円の保証人になって欲しいと言われて彼は印鑑を付いていたのです。

その商売もその後も立て直せずに

とうとう潰れたそうです。

大きな借金を抱えたご両親は、その後出稼ぎのような状態で遠くへ引っ越したと打ち明けられました。

大学ではバイトを掛け持ちし、後には個人で小さな塾を開き、授業料や生活費を捻出していたようです。

「若いのに色々な試練を乗り越えて来たんやなぁ」

何故か自分と重ねて見てしまうようになり。

そんな話を打ち明けられてから

一緒に生きていくことを真剣に考えました。

この人といたらいつも楽しく笑っていて

それに子供たちもすっかり慣れて「パパ」なんて呼ぶまでになっている。

今まで辛い人生でマイナスなことばかりだったけど

その苦しい経験があったから

小さな事でも人の何倍も喜びとしてとらえられた。
まさに楽しいが倍増されて感じるのです。

いつの間にか本当に幸せな気分で暮らしていることに気がつきました。

辛い離婚を経験したからこそですが

なんか彼の色んな辛さも理解出来る気がしました。

彼の孤独、寂しさ、やるせなさが
手に取る様に分かりました。

逃げようとすると余計に苦しくなって

逃げれば、また逃げる前よりも大きな問題が壁となって現れる気がして

彼を受け止めようかな?

受け入れて一緒に乗り越えればきっと大丈夫かな。

奇跡的な出合いであり
お互いの人生をお互いが成長させるそんな相手なのかも知れない。

別れも(離婚)も成長のために
新しい人との出合いだったのかも知れない。

『血の繋がりのない親子ほど
前世で強い絆で繋がる相手である。』
と何かの本で読んだ気がする。

日頃の言動から、彼ならきっと2人の良き父親になってくれると思えました。

試練を一緒に乗り越えられる
そんな気がしてなりませんでした。

もう逃げない!何があっても逃げない!そう心に誓って再婚を決意しました。

この人となら、これからどんなことがあっても頑張って乗り越えていけそう

この船に乗ってみたいと心からそう思いました。

決断してからはトントン拍子でした。

遠くに離れて暮らしている彼のご両親に子供たちも一緒に挨拶に行き

何も言わずに歓迎して頂けたことは本当に感謝しています。

私の両親は反対する理由もなく

(保証人などの話はしませんでしたが)

喜んでくれていました。

早々に入籍をして家族になりました。

私達を養うにあたって、今の職場では無理だと彼が決断して

少しでもお給料のいい職場を見つけて転職してくれたのです。

それは本当になかなか出来ることではないと思います。

私との結婚イコール
子供2人を養う責任が彼にのしかかるのは分かっているはずなのです。

どうしてそんなあえて苦難な道を選んでくれたのでしょう?

彼にすれば
「どうしても3人と一緒にいたかった」ただそれだけの理由だと言います。

人は幸せになるために生まれて来るのだと聞きました。

幸せとは人それぞれで

その人の心の状態が平穏で満たされているのであれば

他人がなんと言おうとも

その人にとっては幸せなのです。

毎日忙しくても お金が無くても

例えば病気でも

その人の心があたたかいのであれば

それは幸せと呼ぶのになんのためらいもないはずです。

他人は他人

人と比べずに

自分の信じた道をまっすぐに歩こう

毎日をがむしゃらに頑張って

そして楽しんでいればいいのです。

どんなことがあっても

私の中では彼は私の救世主でした。

長い結婚生活の中で色々ありましたが

それは60越えた今でも変わらずに思い続けています。

そして彼の子供が欲しくて

それも男の子が欲しくて

産婦人科でお願いしてみました。

薬の瓶をいただいて「短くても6ヶ月は飲んでください 100%ではないことを理解してください」

そんな様なこと言われたような気がします。

その瓶の裏にはカルシウムと書かれていました。

飲み始めて数ヶ月でに妊娠が分かりました。

その時には、男の子でも女の子でもどちらでも構わないから

無事で産まれてきてくれることだけを祈りました。

妊娠7ヶ月頃性別を教えてもらえることができ。

なんと男の子だと告げられて

飛び上がるほど嬉しかったです。

結果的に薬は関係なかったのですが・・・

その後間もなく小さな結婚式を挙げて

ここから、私たち家族5人の新しい生活が始まりました♫

ABOUT ME
にこらん
初めまして、にこらんです。 2021年2月3日、ブログを立ち上げる事が出来ました。 慣れない手探りの作業になりますが、コツコツ頑張りたいと思います。 どうぞよろしくお願いします♪
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最後までお読みいただきまして、ありがとうございます!

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