ひとりごと

孫守りから、我が子育ての思い出へ♫

去年の9月から長女の住む京都に越してきて、娘が仕事で遅い日は3人の孫を預かっています。学校から帰るのを家で迎えてからのおやつタイムです。

手作りならスィートポテトやポップコーンやプリン、あべかわ餅などですが

大抵は市販の子供たちが好きなお菓子になります〜

あれっ?

私の子育ての時ってどんな感じだったかな?

こんな風に自分の子供たちにしてあげれたかしら…?

此処からは私の子育てについてその頃を思い出しながら書きたいと思います。

私は女の子2人、男の子1人を育てた経験者です。

今はもう3人とも良き伴侶に恵まれて親元離れて暮らしています。

次女は今は大阪ですが今年2021年3月には旦那様の栄転にて引っ越ししていく予定です。長男は心から好きになった素敵な女性と結婚して幸せいっぱい埼玉で暮らしております。

いくら離れていても深いところで必ず繋がっていると信じています。

家族という物語は私たち家族にだけ分かる歴史があって、日常では忘れていても何かの折にふっと思い出すものです。例えば泣いたり怒ったりしても最後は笑う場所であったなぁとかです。

無償の愛に包まれていたのですから。

今はめいめい帰る場所は違うけど繋がりは切れないです。

またこれからは子供たち一人一人が家族の物語を作っていくんだなぁって想像するだけで私は凄く幸せです。

産み育てる事が私の使命であり、色々未熟な点があったとしても、今の素敵に成長した子供たちを見ると私も少しは貢献出来たかな?自分自身を褒めてあげて私は私を大好きになれました。

子供たちのお陰なのですね。

私も一緒に育てて貰えたことを心から感謝します。

私の所に産まれてきてくれてありがとう〜♪

今は離れてても寂しくはないです。

とは言え離れると知ったその時は

しばらくは寂しさで毎日泣く日々でしたが(笑)

ひょんなことから今私は長女の近く京都で暮らしています。

本当に人生分からないものです。

ここからは昔の話。

長女が赤ちゃんだった頃に想いを寄せて 本当によく泣く赤ちゃんで、抱っこすれば可愛い顔でスヤスヤ寝てくれますが、ベットにそっと寝かすと途端に泣き出すという大変な思いをし、この大変さがずっと永遠に続くのではないかと青くなったのを覚えています。

可愛い甘えん坊で 少しやんちゃにスクスクと育ってくれました。

そして1年と4ヶ月後、年子で次女を授かりました。長女は甘えん坊さんなのにママを独り占めする時間が少なかったですね。

年子ってまるで双子と似たような、いやいや双子ちゃんよりも大変なのかもしれません。赤ちゃんが泣くと、まだよちよちの長女にかまってやれなかったり、赤ちゃんは赤ちゃんで、歩き回るお姉ちゃんに手がかかり泣いてもしばらくほっとかれたり、ママも大変だけど子供たちも寂しかったよねって思います。

そんな感じバタバタとした毎日でしたが、年子を育ててるママを思ってか?次女はあまり泣かない赤ちゃんでした。

(泣いてもほっとかれたから???)

私の人生で一番大変だった時代が訪れました。私が29歳、長女が5歳次女が4歳の時に離婚。

シングルマザーとなり3人の生活が始まりました。

私1人でこの子たちのお父さんとお母さんにならなければいけない事へのプレッシャーはかなりのものでした。大黒柱にならなければいけない不安、でも自分で決めた道なので後戻りは出来ない、なんとしても頑張らないと!

何故だか忘れたけれど、私が泣いていると長女も一緒に泣いて次女は私をよしよしするのです。

そんな場面を今でも忘れることが出来ません。その場面は姉妹2人とも今でも覚えているようです。

正社員で働いていたので毎日の時間が目まぐるしく早く過ぎて「早くしなさい早くしなさい」が口癖だったと思います。

それにおやつを買ってあげれなくて、留守番の間に彼女たちが、お腹を空かせた時、私に内緒でお味噌を舐めていた様です。それもママに見つからない様にって少しづつ気を使いながらです。

その事を2人が成人してから聞かされた時、本当に申し訳無かったと思いました。

ある日も私が残業で遅くなった時があって、買って貰ったばかりの自転車で私の職場迄迎えに来ようとした事がありました。毎日車で保育所迄の送迎をしてて私の職場の前も通るので本人たちはもっと近くにあるものと思っていたのでしょう。幼い2人がフラフラと自転車で走るのを警察の方が見つけて下さって保護されました。

生まれて初めてパトカーに乗った子供たちでした。

またまた私の人生での大きな出来事が訪れます。

私が32歳の時再婚しました。

離婚後結婚なんて懲り懲りだ。って思っていたのだけれど

5歳年下の初婚のイケメン(笑)

若いツバメを騙したねぇなんて職場の人にからかわれながら再婚を決意!

主人はその時27歳でした。

2人の娘にとってはステップファザー

(血の繋がらない父)

27歳の若さでステップファザーになるという人生を選んでくれた。

私にとってはほんと奇跡でした。

上が女の子2人なので、是非に男の子と強い希望を持ち産婦人科に相談に行きました。食事療法とか体温とか何かそういう事を教えて貰えると思っていたのだけれど、薬というかサプリメントらしき瓶を1つ処方して貰い瓶の裏には確かカルシウムと書かれていました。男の子が欲しい時はカルシウムを取ったらいいんだぁと漠然と思った記憶があります。1ヶ月もたたない間に妊娠が分かり、男の子でも女の子でも天の神様の言う通り〜って気持ちになって懐妊中を楽しみました。

そして産まれてきた赤ちゃんは待望の男の子でした。

またまた奇跡です。

私の人生の幸せの絶頂です!

2人の娘も赤ちゃんが珍しくてとても可愛がってくれました。おむつの交換までしてくれるしミルクをあげたり、まるで小さなママでした。

今も姉弟3人仲良しです!

孫のおやつタイムの話から

私の子育てに飛びました。

毎日書きたいことがコロコロ変わるのでいつかカテゴリー別に整えたいですが、その日までどうか温かく見守ってくださいませ。

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にこらん
初めまして、にこらんです。 2021年2月3日、ブログを立ち上げる事が出来ました。 慣れない手探りの作業になりますが、コツコツ頑張りたいと思います。 どうぞよろしくお願いします♪
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